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いちご狩り-ハウスの中は春-

今は昔 1月30日 日曜日のお話

いちご狩りが大好きでして、
というかいちごが大好きで、よく行くのですが、
本日は、初めて八尾のいちご狩り園に行きました。
今までは八幡、針、明日香などによく行きます。明日香は観光もかねてなのですが、
まだ、寒いですからね。今回言ったところは近鉄沿線の便利なところにありました。
土足でなく、上履きに履き替えるお店でした。地面もまっすぐに整地され、いわゆるバリアフリーといっていい感じで、かなり、きれいに整備されたハウスでした。もちろん、いちごの手入れも完璧です。人気の章姫(あきひめ)のみ作っているとのことでした。
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 章姫は萩原章弘さんが「久能早生」と「女峰」交配した品種で1992年(平成4年)に登録され、静岡県を中心に東日本で多く栽培されています。サイズは女峰の約1.5倍あり、口当たりがやわらかく甘みも十分。形はやや長めの円錐形で、果皮はきれいな紅色をしています。糖度は高く(10度以上)、酸度は少ない(0.5-0.6程度)。休眠が浅く、暖地での施設栽培に向いているそうです。
いちご狩りですが、だいたい、最初に勢いで食べて10分もすると満腹ですよね。
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 実はいちごの語源ははっきりしないそうです。『日本書紀』は「いちびこ(伊致寐姑)」とあり,“い”は接頭語“ち”は実の赤さの血“ひこ”は人をあらわすひこで植物を擬人化したものと語源辞典にでていましたが、 平安時代に入って「いちご」と転じていったと考えられているみたい。枕草子には覆盆子(ふくぼんし)として出てきます。中国からはいった呼び名のようです。キイチゴの実は熟すと食用になる部分がすっぽりとれ、跡にすり鉢状のくぼみが残ります。その様子がひっくり返した盆(元々の意味は壷)にみたてられたようです。 英名のStrawberry(ストロベリー)の語源は「Straw(麦わら)を敷いて育てた」や「Straw(麦わら)に包まれて売られていた」、「散らかす、一面を覆う、を意味するstrew(strawの古語)」などいろいろな説があるそうです。 
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 日本で本格的にイチゴが栽培されるようになったのは明治5年のことだそうです。17世紀にオランダで始めて栽培されたオランダイチゴが、江戸時代後期に輸入されたのがきっかけのようです。この明治5年というのは知っていますか。?太陰暦から太陽暦にかわった年なのです。明治5年12月2日の翌日からグレゴリ暦(太陽暦)が採用され、明治6年1月1日になったわけです。12月3日から31日までの29日は事実上存在しない年なのですよ。
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 それはともかく、最近気になるのは、糖度の高い食べ物の礼賛です。とうもろこしもトマトやほうれん草も年々糖度が上がっています。確かにおいしいし、子どもが糖度の高いものをのぞむのも分かるのですが、やはり、果物も野菜も酸度と糖度と見た目と食感で全体の味覚を感じると思うのですね。何でもかんでも糖度が高くなり、それが売れるので、品種が均一化してしまうのが、少し、残念ですね。025.gif
 もちとうもろこし、御所柿、和りんごなどは品種保存されていると先日新聞で読みました。トマトも昔の酸の強い懐かしいの食べたいですね。単なる、おじさんのノスタルジーなのかもしれないですが、
 糖度の高いものになれると、微妙な味の変化を感じない舌になるのじゃないかみたいな。。。
いちごは5-6粒で一日のヴィタミンCの必要量を取れるといいます。今しばらく寒そうですが、ハウスの中は暖かいし、楽しみに行ってください。
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よくいくイチゴ狩りの場所
大阪 八尾
http://www.grandberry.net/gb/
京都 八幡
http://www.osazen.com/ichigo/
奈良 明日香
http://yume9200.jp/itigogari.htm

# by zuitoshou | 2011-02-01 13:51 | グルメ

西安料理 朋友雑穀食府-阿倍仲麻呂も食べたのかな-

今は昔 2011年1月29日の2元目のお話
ふらっと、お腹を少しふくらしに、夜に行きました。
島之内にある中国、西安料理 朋友雑穀食府(パンコウ ざってくしょくふ)というお店
西安料理というのは初めてだったのですが、
西安といえば、長安のことなわけで、いわば、昔の都なわけで、日本でいうと京都みたいなものでしょう。 
しかし、成り立ちは閉じた町 京都 と 開かれた街 長安では少し違った文化の残し方をしたようですね。
長安は周、秦、漢、隋、唐などが都としていて、シルクーロードの起点であり、東西交易の場だったわけですね。
そういう意味では、中央アジアやイスラムの文化と中国の時代時代の影響をうけた料理なのでしょうね。
今回は、沢山食べたわけでないので、西安料理の真髄には触れてないので、謎のままです。

最初に、我々が食べたのは腰帯麺です。腰の帯のように太く長い麺という意味なんでしょうね。平たい麺でループになっているのか、ひたすら、長いです。味はチャーシューがのっていて、うどんのようなラーメンのような感じです。
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次に、羊肉泡馍です。麺のちぎったもの( “モー”という小麦粉を練って焼いた回族が好む独特のパンを指すようです。)と羊肉の半薫製と、とろみがかかったスープ、春雨が麺の丼にはいっています。好みで「辣椒醤」という辛い味噌を加え、付けあわせとして、香味野菜とにんにくの甘煮と一緒に食べるようです。イスラムの代表的な料理の影響をうけた西安料理のひとつのようです。
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最後に鶏肉団子の甘酢あんかけ。こちらは、甘すぎず、酸味が強いわけでもなく、旨みがあるというより、東南アジアで食べる風味(パクチーによるものだけではないと思う。)の感じる味です。
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メニューや店内のところどころに、“本店粉料理全て手打つ“と書いてあります。
要するに手打ち麺ということでしょうかね。
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場所柄、異国情緒のあるところですから、本場の中国料理の店に入ったという印象のお店でした。

唐の玄宗皇帝に使えた阿倍仲麻呂(698年―770年)もこの腰帯麺、羊肉泡馍も食べたのでしょうかね。「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」は百人一首でも有名。753年の帰国の宴席で日本語で歌ったとか。。。このとき、腰帯麺や羊肉泡馍はあったのかな。ご存知のように帰国できなかったわけですが、、
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# by zuitoshou | 2011-01-31 19:34 | 麺類、粉物、カレー

唐菜房 大元 -舌で中国一周しましょうか-

今は昔    2011年1月26日の1元めの話  飛込みで男3人で中華に

中華料理のレポートははじめてですね。
西天満の老松にある唐菜房 大元です。
老松というからには、古い松があったのかな。。
2010年6月  現在のオーナー 国安英二さんが継がれたそうです。
1937(昭和12)年創業だそうです。現在のオーナーは4代目だそう。
白いモダンな建物、誰もが、とても中華料理屋さんには見えないと
皆さんは言うのでしょうね。
逆に紹興酒の樽の白いイメージとよくマッチしているともいえます。
席はカウンター8席ほどかな。イスは6席分かな。
オープンキッチンスタイルです。中も無機質なつくりです。
だが、なぜか、中華料理の雰囲気はあるのですね。なんでですかね。
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今日は本当に飛込みだったので
コースでなく アラカルトをいただきました。 予約しておけばコースもあるそうです。
チンタオビール一杯飲んで、あとはお茶(高山烏龍茶と武夷水仙茶)をいただきました。
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四川名菜 よだれ鶏(1000)
これはなんでしょう。表現のしにくい美味しさですね。鶏肉も美味しい。かかっているこういうときは中華の場合はなんていうのかソースというのか、まったり、ピリッと、あまーい感じで、日本人好みの味だと思います。極めて美味しいです。
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マコモ茸の暖かい前菜 干し貝柱風味(1200)
僕は知らなかったので、マコモダケ調べました。『マコモダケ』は、池や沼などに茂生するイネ科の水生植物「マコモ」の花芽に黒穂菌が寄生し、根元が筍状に肥大したものです。2メートル以上に伸びた草丈の根元の直径が3~5センチに肥大した部分を食用とします。原産地は中国~東南アジア、その歴史は古く、お釈迦様がその葉でムシロを編み、その上に病人を寝かせて治療したという伝説が残っています。また、日本最古の書物「古事記」「日本書紀」、歌集「万葉集」にも記載されており、出雲大社や氷川神社などの神事で使われる霊草としても有名です。ということです。
食べている間、茸と書いてあるのに食べていたらいわゆる茸類のかさの部分にあたるところがなかったので、この茸は傘の部分は食べない茸なのかと思っいましたが、要するに肥大化した茎のようなところを食べているということですね。味はあまりないのかな。貝類などと一緒に料理するのかな。和食、洋食でも使えそうなものです。今回の料理は貝柱の風味と茸の食感を楽しむ料理でしょうかね。
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ナスの衣揚げ 香港サンパンスタイルで(1200)
サンパンは港や川で低速で走る輸送目的の船のこと。水上タクシーや船上レストランにも使用されている。サンパンスタイルはそういう船上生活風やレストラン風ということでしょうかね。いわゆる川べりの屋台での揚げ物を食べるような豪快な料理ということでしょう。ややエスニックアンド香ばしい旨みも感じる味でした。
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広東風 プチトマトいりシュウマイ(800)
シュウマイの中にトマト。これははじめて食べる味でした。熱い肉汁のつまったところに、噛んだあと、トマトの酸味が合わさる感じ。不思議なシュウマイです。
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バナメイ海老と彩り野菜の香港下町風(1000)
香港の下町が今はどのようなのかは知らないけど、20年前にいったときは香港もそんなに、洗練されてないアジアの一都市的なかんじなので、料理とイメージが僕の中では分からなかったのですが、香港風の調理方法なのかな。クリーミー名の一品でした。それとも香港の下町はクリーミーなまったりした雰囲気なのか?
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若鶏とピクルスの湖南風煮混(1280)
湖南地方の料理は食べたことないのでわからにのですが、酸味と唐辛子のきいた味わい深いの料理。でも、さっぱりしていました。僕は好みです。
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豚フィレ肉の北京風甘酢ソース(1800)
この甘酢も最初の料理のソースような複雑な味なのかなと思いましたが、以外とくせのない甘酢の味でした。食べやすいです。
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麻婆豆腐
普通のと青胡椒と何もかけないと3種類楽しめます。こちらの料理が最初の料理のソースを踏襲したイメージの料理で、美味しかったです。
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やっぱり、頭から汗が、、それなりにきいてきているのね。
がつっとした中華も大好きなのですが、最近は胃がついていかない。
野菜中心の中華が増えましたね。また、いくつかレポートしますが、
野菜中心でも、食べているときは感じないですが、翌日意外と胃がもたれるお店と
意外なほど胃がもたれない店があります。。自分の体の調子もあるのでしょうが、、、
ここは食べているときも、食べ終わってからも、胃のもたれもなく美味しくいただきましたよ。
カードも金色ベースに黒と赤の文字 大好きですわ。
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しかし、よくよく考えると、
イタリアンのときも書いたののですが、
本当に中華料理もここ30年の間にバリエーションが増えたというか。
昔は北京料理とかいって、円卓でボーリング場とかの横にあるようなお店で
海老フライと酢豚とか八宝菜とか、、
あとの中華といえば、街の旨み調味料たっぷりの小さい中華料理
か王将というイメージですよね。
僕が大学生になる頃かな、海皇(ハイファン)で鯛ドーンにナッツあえたような料理食べた。
へーこんな中華もあるのだなと衝撃でしたね。
そのあとのグルメブームなんかで変化したのでしょうが、
大学生の頃は逆に、中華なんかそうはいかないものね。
王将が実は苦手だったので、大学生の頃は食べた記憶がないですわ。
時を経て2000年頃に、京都に戻ったとき、
木屋町二条の“一之舟入”で町屋という目新しさだけでない中華にふれて、
新しい中華料理だと思った覚えがあります。
それ以降、四川風、北京風、上海風、湖南風、成都風、広東風などの古来の中華のバリエーション
と多様な食材と、中華に限らない、フレンチ、和をとりいれた多様な方法で料理する店が増えましたね。



でも、大元は、ここだけで、舌で中国一周できるようなお店です。

唐菜房 大元
http://r.tabelog.com/osaka/A2701/A270103/27051328/dtlrvwlst/1976976/4979536/
大阪府大阪市北区西天満4丁目5-4
06-6361-8882


せっかくなので、
先ほどでた一之舟入ですが、高瀬川の舟入場の基点です。
角倉了以(1554-1614)戦国時代の豪商です。なんとなく江戸時代ぽい
イメージの人ですが、この人朱印船貿易でベトナム(安南国)と交易
をして、もうけたお金で、高瀬川の開削をして、京都と大阪の交通路を整備した人として知られています。
このひとも、単に、お金を儲けたお金を社会に還元したという企業家というだけでなく、
きっと、土木工事の技術的な側面、科学的な知識もあった理系の人でもあったのでしょう。

# by zuitoshou | 2011-01-29 14:52 | グルメ