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2011年 03月 12日 ( 1 )

自然災害-地震、津波と山火事ー

いまだ被害の状況がさだまっていませんが、
最初に被災された方、被災された方を家族や仲間にお持ちの方の無念さに
心から哀悼の意を表します。

さらに、現実の映像を見るにつけ、自然の力というものに圧倒され、
よい意味でも、悪い意味でも、人間というのは自然からの恩恵と自然からの試練を
受けて、生きていく生物であるということを実感させられます。


昨日の大阪は、寒く、朝から、東京に住む友人とメイルのやり取りする平穏な状態でした。
14時ごろからブログの更新をしていて、最終段階に来たとき、
おそらく、それが、14時30分ぐらいだったのでしょう。
ゆらゆらとしだした。
そのあと、昨日の14時45分ごろ 午後の診療の最初の患者さんを見ている頃に
大きなゆれが、うちのビルは古いので ぐるんぐるん めまいのようにゆれた。
震源が分からず、家族には電話した。
そこで、家族の無事と東北あたりが震源と知る。
大阪でもこれほど揺れるのであるから、相当な規模とは思いながらも、診療は継続。

実際のその地震の規模に驚いたけど、診療の頭から離れなかったのは、津波の影響。
津波の予報が小さいのと、しっかりとした完全な避難命令がでていたのか。
地震はもちろん、対策は必要だけど、
津波がこわいという認識を意識しておかねばなるまい。

なぜ、このようなことをいうかというと、
津波を経験したことはないが、
大きな波にさらわれる時の無力感は尋常ではない。
そのようなことは、海で経験した人も多いだろう。
もうひとつは、昔の津波の記録をマンガにしたものを
小学生の頃とっていた科学か学習という雑誌で見た覚えがあるのだ。

ずんずんずんと波がひけていき、
そのあと、どーんと大きな波が押し寄せる。
その波は江戸時代の村や島を飲み込んでいく。
イメージであったその光景が、現実のものとして見たのは、
プーケットの地震の映像。

この日本は、昔からの経験値と現代の科学的な力で、
この津波は乗り切れるものと思っていた。
実際は、その被害ははかりしれない。
このあたりは、これから、検証が必要になる項目だ。

やはり、沿岸部の開発や、沿岸部への都市機能の移転のおそろしさを感じる。
都がなぜ、京都にあったのか。
様々な面を考えた街づくりが必要だとあらためて思う。
もっと、地の利を考え、一極集中しないような、
町づくりや、産業の開発、雇用の促進など、
根本的に、この日本をどのようにするのか。
という議論がこれを機に移さなければならない。


冒頭にも述べたが、ただ、現実、北海道南西沖地震、阪神大震災のときも、
個人の力としても無力感は感じる。
自然災害の規模が大きいと
その大きさに、個々の人間の及ぶ力の非力さが対比的に感じてしまう。

何はともあれ、困難な状況下から脱するのは、個々の力だけでない、
大きな力が必要だ。人間という生物の知恵と勇気で、、、、

江戸時代のなまず絵です。
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僕の経験した自然災害で驚いたのはアメリカの山火事です。
学会でSandiegoに行っていた時。
昼間というのに、
一日、周囲の山火事のため空は赤く、煙でどんよりと
2003.10.26のASPSでのことだったと思います。
帰国の飛行機はLAだったので、Sandiegoから、視界不良のため
飛行機が飛ばず、レンタカーで乗り合いLAまで行き、日本に帰国しました。
その日は本当は、アメリカの美容外科のクリニックに手術の見学に
行く予定でした。そのとき、見学に行っていたら、、、
又違う人生があったかもですね。。

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このときは情報があまり入らず苦労しました。
自分の語学力にも問題はありましたが、
情報の大切を痛感した出来事でした。

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by zuitoshou | 2011-03-12 16:50 | 徒然草