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古代の戸籍 

古代の戸籍 

そうやね。書くことたまっているけど
今日のニュースはこれかな。。
戸籍、、
これができるということは、人間の管理ができてきたということやな。。
しかし、600年になって、というのは、どうなのかな。。
ローマや秦や
もっというとエジプトは、、、
はるか昔の話ですよね。
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以下は新聞から

古代の戸籍編さんの実態が浮かび上がった--。福岡県太宰府市の国分松本遺跡から出土した戸籍計帳関連の木簡。一人一人の住民の異動状況を詳細に書き込み、さながら当時の住民異動届や世帯変更届の観がある。大宝律令(701年)以前の表記もうかがえ、チェック済みの印も残るなど、謎に包まれた飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)=689年=時代の、住民を支配管理したシステムに光が当たった。

 木簡に書かれた16人は人名のほか、戸主の表記、母、子、妹の続き柄、「進大弐(しんだいに)」の冠位などの個人情報が記録されていた。転入など増加を示す「有」「附」、転出など減少を示す「去」、戸の再編成を示す「二戸別」といった異動状況も詳細だった。木簡表側、最初の文字の右上に記された曲線は、内容をチェックしたことを示す印(合点<がってん>)だという。東野治之・奈良大教授(日本古代史)は「大宝律令の支配管理制度が、それ以前から地方に行き届いていたとは想像していたが、それが生の形で確認できた」と話す。

 平川南・国立歴史民俗博物館長は、木簡が男をまとめて先に書き、同じ氏を省略する記号「次」を記している点に注目する。この表記スタイルは現存最古(702年)の戸籍のうち御野(美濃)国だけにみられ、残る筑前・豊前・豊後の西海道各国は戸主、妻、子供の順に書く様式を採っている。御野国戸籍は飛鳥浄御原令による表記法の可能性を指摘されており、「大宝律令以前の戸籍は男をまとめて書いたのだろう。当時は兵士徴発が重要で男を優先した。だが大宝律令後は女性にも課税する必要から、一人一人を確実に管理する様式になり、それが現代にまで続いたのだろう」と推測する。

 一方、計帳はこれまで、大宝律令以前の存在が疑問視されていた。これに対し坂上康俊・九州大教授は「木簡には一つの里の1年分の異動情報が書かれているとみられる。戸をわける表記もあり、戸籍を前提に異動を書き込んだ、実質的な計帳の基礎資料ではないか」。その上で「戸籍は6年ごとに作り直される。690年の庚寅年籍(こういんねんじゃく)は696年に直され、その時の戸の変動を木簡は反映しているとみられるため、697年に作られた可能性が高い」と見ている。【大森顕浩】

とある日のハイハイタウンのれんげラーメン
なんとなく、つけ麺にしてみました。
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by zuitoshou | 2012-06-13 09:30 | 読書、歴史