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今城塚古墳と継体天皇

昨日の料理の写真はおいしそうでしたでしょう。
見てください。もう一回ダイジェストです。
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今は昔2011年1月24日
今城塚古墳とその整備された博物館によった。
今城塚は、昔から、時々くることがあった。
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僕は、暇なとき、
中学生の頃
、時々、訪れるところが、2つあった。

ひとつは、、
万博の国立民族学博物館。
最近は、行かないが、ここには、当時珍しい、ビデオ教材があった。
たぶん、今でもある。
いろいろな国の民族衣装や文化の展示があり、楽しかったのだろう。

もうひとつは、先に書いた今城塚です。
といっても、ぼくが子どものころは、
田んぼと小高い山というか丘というか
そんなところ、、何もない。
たしか、カブスカウトのころ
初めて訪れたのだと思う。
当時、今の継体天皇陵は太田茶臼山古墳だけれども、
本当は、こちらのほうが、本当の継体天皇陵だと教えられた。

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通常は、はいりこむことのできない、天皇陵
でも、ここは、なんとなく、入り込める。
それこそ、おとといのシンクロする感じ。
さらに、盗掘するわけではないが、
そんな、あたかも悪いことをしているような
感覚が好きだったのかな。
といっても、当時はまむしがでそうな、単なる山だから
別に、楽しいところではない。
今から思えば、スコップぐらい持って行って、
本当に盗掘でもすればよかった。
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いずれにしても、この三島地区というのは、古墳が結構ある。
小学生のころ、昭和でいうと40年代の終わりから50年の初めごろ
茨木から山崎まで塾に電車で通っていたのだが、
その阪急電車は京都に向かって右は淀川と新幹線がある。
高槻をすぎて、山崎あたりまで
は新幹線が並走している。
そんなことで、電車が好きな子供は右の車窓を覗く。
もっとも、勉強のできる子供は
電車の中でも勉強や将棋などしていたが、
出来の悪い子は、鬼ごっこして、
当時は、まだいた雷親父みたいなのに、
怒られていた。
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僕はというと、新幹線側と反対
左側の車窓から山側の外を見ていた。
こちらは、JRを見ていたわけではない。
こちら側の総持寺から山崎にかけて、
段々山に近づく地形で、
JRと阪急の間には、
まだまだ、田んぼだらけだった。
そんな、風景の中には、
小高い丘や、
一部分だけうっそうとした神社なんかが
たくさんあった。
また、名神高速の裏側の山から
天王山にかけても、古墳群であることは知られていた。
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実は、その風景をみて、、
こんなところに、
なぜ、古墳のようなものがたくさんあるのかと
ぼっと、見ているだけなのだが、
楽しかった、覚えがある。。
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きっと、山の古墳のあるところから
手前の田んぼのところは、
古代人が沢山住んでいたに違いない
なんて、思うと、タイムスリップ
する感じで好きだった。
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いつのころからか、
さすがに、成績が低下してきたので、
電車で勉強するグループになんとなく
合流せざるをえなくなったが、
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ちなみに、最近でも、大学院時代
茨木から京都に通っていた時も
京都に向かって、左側の車窓を覗ことが多い。
宅地開発され、
小高い丘は削られ(発掘したあと)
当時の雰囲気はもうない。
ときどき、古―い看板が
まだ残っているなと思うことはあるけれども、、
蚊取り線香やふるい温泉の宣伝のような、、、
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かなり、本題からずれたが、
この今城塚、平成9年ごろから発掘作業が進み
おそらく、去年に高槻市の歴史博物館ができた。
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いい展示でした。
今城塚全体が、公園として整備され、
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展示館では、
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古墳の構造や
発掘された有名な埴輪群や
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実際に公園内では再現されている。
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阿蘇から運ばれたといわれるピンク石の石棺や
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いいところでした。
また、遊びに行こうと思いました。
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この、陵は、
墳丘部分に、戦国時代には、砦や山城のようなものがあったという。
その時から、多少の破壊をうけていたことにはなる。
なかでも1596年の伏見地震で、内豪に墳丘が滑落する
大被害があったらしい。その後、復旧されることなく、
田園化していったようだ。
その整備されない状態で、つい数年前まできたのだろう。

この公園は墳丘部に上れる。
よくみると、滑落した部分などの
地形の変化が今でもよくわかる。
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こんな身近なところでも、
伏見地震という
自然災害を日本人は
受容してきた姿がわかる。
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こんな話面白くないだろうから、
これぐらいにしておこう。
ちなみに、継体天皇の出自など
考えるとおもしろいことがよくわかる。
継体は現天皇家の初代天皇と考える人もいる。
継体は、何らかの先行政権から、
政権を奪ったと考えられているから、、
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それにしても、6世紀初頭に生きた継体天皇が今城塚として、
5世紀後半の少し離れた、現在のところ継体天皇陵といわれる、太田茶臼山古墳は
いったい、だれが、葬られているのか。
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また、暇になったら、古墳散歩もしてみようと思う。
買った本もおもしろかった。
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by zuitoshou | 2012-01-29 06:00 | 読書、歴史