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浪華仮病院 ダンシングクイーンと サンキューフォザミュージック

今は昔、2011年12月22日ごろの話。
大阪府医師会の会合にでたあと、
放射線云々という前の阪大の放射線科の教授のお話を聞いて、、
放射線は危険なものだが、
現在の放射線はそれほど問題にならないレベルという話
放射線検査による被曝量に関する見解などを
論文レベルのエビデンスをもとに、論旨を展開されていた。
少々、思うところはあったけれども、
特に、反論するほどの知識もないので、、
とぼとぼと、上六に戻る途中、

なにわ仮病院跡です。
大福寺におかれたようですね。

 明治2年(1869)時の大阪府知事後藤象二郎は、本格的な大学校のほか、病院の建設を計画していたが、財政難のため実現できずに仮に設けた病院がこの仮病院である。院長は緒方惟準(洪庵の次男)、主席教授としてオランダ軍医ボードウィンを招き大福寺の施設の提供を受けて、明治2年(1869)とりあえず一般の病気治療と医師に対する新治術伝習のために開かれた。しかし所詮診療所の域を出ることはなく、半年ののち鈴木町代官所跡(現国立大阪病院付近)に移転した。病院に併設された医学校では、諸医学と臨床経験を教授し、西洋医学を日本に定着させるべく努力が続けられたが、この医学校は明治5年(1872) に学制改革により廃校となった。しかしその廃校を惜しむ人々により再興され、のち大阪帝国大学(現大阪大学)医学部及び付属病院へと発展し、その伝統を伝えている。大福寺門前には「浪華仮病院跡」の石柱が建ち、境内には緒方惟準、ボードウィンの肖像をレリーフした記念碑が立てられている。(右の写真:記念碑)

明治初期、大阪に創設された近代諸学校とその変遷図
大福寺にあったころの生徒
この日も30分ほど走って、30分ほど泳いだ後、

ここで、クリスマスと正月用にシャンパンを仕入れた。。

これは、1000円台のピノ、シャルドネノのスプマンテ
辛みが強いな。少し、苦み感じる。
一番売れているとかいう宣伝が書いてあった。

先輩からいただいたイタリアワイン
わりと、濃厚な感じでした。

とある日のゴルフ場の塩ラーメン

とある日のゴルフ場のまぐろ丼

どちらも、寒い日でした。
スコアも寒いですね。。
3月までは本当は練習期間ですね。。

ダンシングクイーン(Dancing Queen)

サンキューフォザミュージック(Thank you for the music

by zuitoshou | 2011-12-28 06:39 | 徒然草