西宮にちょっと手術 と 謎手本忠臣蔵を読んで

今は昔2011年12月12日の月曜日
奈良マラソンの翌日。
茨木高校の同級生の外科の先生に、
手術の応援を依頼されて、
西宮に昼の休憩時間を利用して
行ってきた。
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大阪上本町から阪神西宮まで一本です。
さーっといって、
ぱっと仕事して
さーっと帰ってきた感じ。

仕事の話は書かないのが原則だけど、
形成外科という仕事は
応援の仕事が時折ある。
特に、大きい病院ほど、
各々の仕事は、究極化し、微細化してくるので、
形成外科のという隙間産業は
それなりに、大病院の中で、生きていく価値がある。
とにもかくにも、
マラソンの翌日で、
足は実は痛かったのだけど、
頼まれたら、NOとなかなかいえない性格で、
行ってきました。いい結果になるとよいのですが、、

そんなわけで、西宮のマンホール
これは、やはり、西宮球場ではなく、
甲子園ですよねえ。。。。
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謎手本忠臣蔵を読んで、、、
単行本は上下2冊、文庫は3冊
そんなに、厚くない本だけど、3冊にする意味は??
売りあげか?
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内容は、
史実では赤穂事件。
後に、浄瑠璃で仮名手本忠臣蔵と呼ばれ、
日本人には師走のテレビのひとつみたいな。
有名な事件である。
忠臣蔵。
この事件での最大の謎
浅野内匠頭長矩がなぜ吉良上野介義央できりつけたのか
という謎を朝廷と幕府にかかる。
桂昌院の従一位の承認にかかる問題を
大石内蔵助と柳沢吉保の2つの視点からの語りで描いている。
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筆致は信長の棺とちがい。
抑揚のない文章が、淡々と続いていく。
あまり、厚くない文章だし、内容だ。
大石、柳沢という語り手が熱くないというのも特徴か。
謎を淡々と書いていく感じ。
淡々としているのに、引き込まれていくというのは、
さすが、加藤廣さんの筆力ですね。
実際の忠臣蔵の雰囲気はこれぐらい淡々としたものだったのだろう。
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余断だが、桂昌院は家光の側室で、綱吉の母。。
京都の畳屋?西陣織屋?八百屋?も生まれともいわれている。
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by zuitoshou | 2011-12-21 06:03 | 読書、歴史