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阪神尼崎の拾八番 と 古い記憶の伝承の必要性と科学技術の過信からの脱出

拾八番というお店に行きました。
阪神尼崎のカード下の店です。
お店は高級食材からいろいろ、がっつり食べられる店です。
素材自体を楽しめる料理から、居酒屋料理まで、
日本酒もいろいろあり、それほど高価ということはなく、
大将は、もくもくと料理をこなしながら、威勢よく応対してくれる。
尼崎という土地柄を考えると、いいお店でーす。
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くしくも、阪神大震災の被災した地域なわけですが、、
こうして、時間がたつと、街はなんとか復興していくわけです。
前向きに行きましょう。
今日は素材中心の料理なので、散文をまぜこぜに書きます。
今は昔となりましたが、2011年3月12日のことです。
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そら豆豆腐 いくら
18番(じゅうはちばん)の由来
おはことも呼ぶがいろいろな由来があるそうですよ。
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まぐろ、とろ、桜鯛、天草ボタンえび、あかがい うに、豪勢ですね。
歌舞伎で市川團十郎 (7代目)が初代、2代、4代の得意演目から18種類選んで、歌舞伎十八番」といった。得意とする芸という意味で広く用いられるようになった。
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ボタンえびのあたまとこのあぶり
武士の嗜む武芸の種類が全部で18種類(武芸十八般)から来ている。
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あかがいきも
仏教の「十八界」は存在を18に分類したものである。その「十八」は完全数を表わし、「必要とする全てのもの」といった意味からとする説。
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鳥取 夏かき
阿弥陀如来が仏になる修行の時に立てられた48種類の誓いの十八番目が「念仏をする人達を必ず救済する」というものであり、これが他の諸仏の立てられた誓いより突出している(すべての生けとし生けるものすべてを救う)ことから、十八番が得意なものを表すことになった。
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きんき煮付け(北海道)
江戸時代、高価な書画や茶器などをは丁重に箱に入れて、箱書きを添えた。ここから、「本物の芸である、と認定された」という意味で、「おはこ」と言うようになった。
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のどぐろやいたもの(石川)
記録に残る三陸沖地震    東日本が乗っている大陸プレート(北アメリカプレート)に対して、西向きに海洋プレート(太平洋プレート)が動いており、北アメリカプレートの下に太平洋プレートが沈み込んで起こるわけです。
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あわびのバター焼き
869年7月13日 三陸沖地震(貞観三陸地震)  マグニチュード8.3~8.6と推測され、宝永地震と並び日本史上最大の地震とされている。死者約1,000人。
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ぶたしゃぶサラダ
1896年6月15日 三陸沖地震(明治三陸地震)  大津波が発生、死者・行方不明者21,959人の甚大な被害をもたらした。綾里湾では津波の最大波高38.2mを記録した。
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トマトとアスパラサラダ
1933年3月3日 三陸沖地震(昭和三陸地震)  津波により甚大な被害が出た。死者1522名、行方不明者1542名。
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ぶりてりやき
2005年11月15日、午前6時39分 三陸沖地震   北海道地方から関東地方にかけて震度3を観測した。マグニチュードは7.1。岩手県大船渡市で最大50cmの津波を観測した。
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とりからあげ
今回の震災、津波及びその後の原子力発電所の問題に痛切に思うことが二つある。
古い記憶の伝承必要性と科学技術の過信からの脱出。実は1896年の津波は38.6mの記録があるわけです。。

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やきおにぎり
一つは古い記憶の伝承と伝達が薄れゆく社会構造。
核家族化や村の過疎化がすすむことで、大家族内で伝えられてきた話が伝承伝達することは薄れていく。祖父、祖母から、昔話をきくことはないだろう。極端な例だが、今回の例をとれば、過去に起こった地震により、同じ地区では津波の被害を受けている記録がある。このことは、記録として、学習することで知識として得ることはできる。しかし、この知識をいかせるような構造をハードに反映していけるかどうかが知恵になる。この差をいろいろな状況で考えるべきだ。寺子屋や武道場で伝えられたことは、進学塾や学校では伝えられていないということだ。社会で儲けるための知識とよい社会をいきていくための知恵とは明らかに違うということだ。考えてみると、明治以後、その社会構造が変化した。今のおじいさんやおばあさんすら、その記憶の伝承者ではないのかもしれない。
地域の学校で学ぶこと、地域が子ども教育にかかわること、地域が他人の健康や生活にかかわること、それを取り戻さなければならなくなったことは、東京一極集中する社会の裏返しでもある。
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ぎんなん、いなにわうどん
次に、科学技術の過信である。
応用された科学技術もが事故が起こらないということ証明することはむずかしい。科学に携わる人間は、自分開発した研究や理論は完璧でありたいと思う習性がある。その技術が達成し、論文発表された段階で現在の科学者の役目は終わっているのかもしれない。
しかし、科学技術は表裏一体である。その理論をどのように利用するかで善とでも悪とでもなる。原子力の平和利用は確かに発電であるし、レーザーの平和利用は医療などにも使われ恩恵も多い。しかし、いずれも戦争に利用されることもある。そういった、科学技術の制御は、技術の応用当初は、かなり議論されるが、その技術応用が時間がたてば、初歩的な問題をみをとすことはよくあることではないだろうか。生物でも、いまどき、生物の分類などは短時間ですまされ、DNAの知識の多さが問われることになる。そうなると、科学全般において、その基本的な理論的背景でなく、応用を学ぶことになり、基礎的なことがおろそかになりおこる問題があるのではないか。
電力の30%をひとつの場所から頼る。だれが考えてもおかしい。そのことは事故が起こって気づく。電気を作る原子力の装置が、電力が供給されなくなったら、その制御を失う。今の再生医学も同様だ。作った細胞が作るモデルの細胞に100%相対するものであるという保証なんてないのだ。。こんな、細胞を体に打ち込んで大丈夫という保証はどこにあるのだ。科学には絶対はないことは、自明なのだ。
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あわびのクリームコロッケ  コロッケの前にいなにわうどん食べてしめたつもりが、その前にたのんだ、、メインのようなもの。揚げるのにも、用意するのも時間がかかるようです。そらそうかな。でも美味しかったよ。
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「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんておこがましいと思わんかね」(本間丈太郎)ブラックジャックの一節です。同様に、人間が科学をどこまで制御できるのだろう。
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拾八番
尼崎市神田中通り2-28
06-6411-9369
灰皿おいてあったので、たばこはいいのかな。
昭和42年創業と書いてました。。
あほみたいに、のんで、食べたのでひとり13000円ほどででしたが、
リーズナブルなものから高級食材まで、、、あります。
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by zuitoshou | 2011-03-16 12:25 | グルメ